コロナ禍の医療費の特徴と医療経営の課題

医療情報編 2021.11月作成時点
 
本編では、厚労省が公表した「2020年度 医療費・調剤医療費の動向」をベースに「2020年人口動態統計」と、財務省による「財政健全化に向けた建議」などの資料を一部参照しながら、「1.医療費の全体的な傾向とコロナ禍の特徴的な動向」を確認し、「2.医療経営の課題、患者サービス再考の必要性」を整理していきます。
2020年度の医療費は、コロナ禍に伴う感染予防の徹底による呼吸器系の罹患の大幅な減少や、例年とは異なる患者の受療行動の変化により、本来、高齢化による高齢者人口の増加に伴って伸び得る医療費にブレーキがかかる結果となりました。新型コロナ対応における医療機関及び医療従事者への支援に約4.6兆円の臨時的な補助金等が交付され、医療費に反映されない数値もあり、過去の統計と同様に扱えない側面に留意し、客観的に判断していくことがポイントになります。

本統計における診療科別の実態や全体的な傾向などは、医療機関や薬局の今後の取り組みや経営方針の策定などの参考情報として活用できますので、お役立ていただければと思います。
 
確認 Keyword

・2020年度の医療費は過去最大の減少額

・呼吸器系疾患の死亡が前年比2万人減少

・コロナ関連補助金等の活用による黒字化

・コロナ対応の有無が病院経営に明暗

・外来における呼吸器系や感染症全般の罹患の減少

1. 医療費の全体的な傾向とコロナ禍の特徴的な動向

  • 医療費全体の推移とインパクト

  • 2020年度の医療費は総額42.2兆円、前年度に比べて約1.4兆円の減少(前同比▲3.2%)となり、過去最大の減少額となりました(下表)。コロナ禍における患者の受療行動の変化が色濃く反映された結果となり、特に医療需要の変化に留意しなければなりません。。
 
経営規模の大きさの指標となる「1施設当たりの医療費(年間)」の推移を確認すると、最も経営規模の大きな「大学病院」における減少額と、外来の患者減少の影響を受けた「医科診療所」の減少率が顕著となっています(下表)。一方、病院数の8割・病床数の7割を占める民間の法人病院では経営努力により減収を最小限に留めたと推察されます。

 

 
  • 死亡数と死因の特徴的なポイント

  • 次に「2020年人口動態統計」を確認すると、死亡数は137万2,755人、前年の138万1,093人より8,338人の減少となり、11年ぶりに減少となりました。死因別の上位は、悪性新生物の死亡数が37万8,385人(全体の27.6%)と最も多く、次いで心疾患(同15.0%)、老衰(同9.6%)となっています。
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  • 対前年減の死亡数を深掘りすると、呼吸器系の疾患は17万2,727人、前年の19万3,234人より2万507人減少し、その内訳では肺炎が7万8,450人で前年より1万7,068人減少、インフルエンザは956人で前年より2,619人の減少となりました。感染症及び寄生虫症は 2万2,129人、前年の2万3,544人より1,415人減少、新型コロナウイルス感染症は3,466人、死亡総数に占める割合は0.25%となっています。これに対し、対前年増の死亡数をみると、外出自粛要請に伴う医療機関の受診控えによる健康への影響や病態悪化が懸念されていたものの、特異的に増加した疾患は見られず、老衰が1万577人、自殺は818人の増加などとなりました。
 
 
  • 入院医療費における特徴的なポイント

  • 病院経営に影響する年間医療費の減少の実情を紐解くため、財務省の「財政健全化に向けた建議」で公表された、一般病床等の使用状況および新型コロナ入院患者の受入れ実績を確認していきます(下図)。コロナ対応の医療提供体制が逼迫する中、2020年12月の病床稼働率は58%であり、4割超の病床が稼働していない状況となっています。病床は逼迫どころか稼働していない状況で、正しく解釈すれば、人手が足りずに稼働できない例もあれば、あえて稼働させない選択もあったように見受けられます。
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  • 新型コロナ入院患者の受入れは病床数が多いほどその割合が高く、受入れによって一般病床等が稼働できない状況だったり、紹介患者の減少に伴い一般の入院患者や手術が減少し、医療費の減少に直結した構図となっています。ただし、医療費と病院収益はイコールではなく、全国自治体病院協議会の調査によれば、2020年度は約6割が黒字決算という結果になりました。この背景には、コロナ対応の受入れ体制を確保するための休止病床分が補填される「空床確保料」をはじめ、充実したコロナ関連補助金等の活用により黒字化した病院が多く、コロナ対応の有無が病院経営の明暗を分けたといえるでしょう。
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  • なお、財務省では、病床当たり医療従事者が少ない医療機関ほど新型コロナ入院患者の受入実績が少なく、病院数・病床数の多さに比べて医療従事者が少なく医療資源が散在して手薄な人材配置となっている点が、脆弱な医療提供体制の実情だと指摘し、医療機関相互の役割分担の徹底や機能分化・連携体制の構築による人的資源の効果的な配置・活用が必要だと示唆しています。そして、医療資源の散在のみならず、病院に勤務する医師・看護師の長時間労働の是正を進める必要があり、手薄な人材配置による疲弊から医療現場を守る観点からも、医療機関の再編・統合を含む「地域医療構想の実現」「医師等の働き方改革」「医師偏在対策」の三位一体での推進が不可欠だとしています。
 
 
  • 外来医療費における特徴的なポイント

  • 外来の診療単価の目安となる「外来1日当たり医療費」の推移をみると、すべての区分において増加となりました(下表)。その背景には、慢性疾患の患者を中心に受診回数を抑える積極的な長期処方の活用をはじめ、受診控えにより日数の間隔が空いたため、これまでよりも密度の高い診療が行われて、診療単価が増加したと推察されます。
 
  • 次に、医科診療所における「診療科別の外来1日当たり医療費」の推移を確認すると、医科診療所全体では7,273円に増加しました(下表)。診療報酬における指導料や検査などの算定項目は医療機関により千差万別であり、例年通りに診療科目によるバラつきが見られる傾向に変わりなく、いずれも密度の高い診療により増加したものと思われます。
 
ここで注目すべきは、受診控えや長期処方の活用などの影響が反映された医科診療所における「診療科別の受診延日数の伸び率」です(下表)。特に受診延日数の減少が際立つ診療科目は、季節性インフルエンザやアレルギー疾患も含め、呼吸器系や感染症全般の罹患の減少による影響を受けた「小児科」と「耳鼻咽喉科」であり、これらの罹患の減少はマスク着用の励行をはじめ、外出自粛や集団行動の激減など、感染予防を徹底した生活様式の変化が大きく関与したと推察されます。年齢層別に見ると、未就学者の1人当たり医療費の減少幅が15%を超える大きな減少となりました。この他、「皮膚科」が他よりも減少率が低い傾向は、過度な手洗いやマスク着用による肌荒れ等の新たな患者が増えたと推察され、コロナ禍ならではの診療科別の特異的な傾向が見受けられます。
 
 

調剤医療費における特徴的なポイント

2020年度の調剤医療費は7兆4,987億円(前同比▲2.6%)、その内訳は技術料が1兆8,779億円(同▲5.0%)、薬剤料が5兆6,058億円(同▲1.8%)、特定保険医療材料料が150億円(同+7.2%)となりました。処方箋1枚当たり調剤医療費は9,849円(同+7.2%)となり、その内訳は技術料が2,467円(同+4.6%)、薬剤料が7,363円(同+8.1%)、特定保険医療材料料が20円(同+18.1%)となっています(下表)。
  • また、内服薬の「薬効分類別処方箋1枚当たり薬剤料」では全体が伸長したにも関わらず「呼吸器官用薬」と「抗生物質製剤」が著しい減少幅となり、呼吸器系や感染症全般の罹患の減少を裏付けるものとなりました(下表)。これらの罹患の減少が「小児科」や「耳鼻咽喉科」などの患者減少に影響し、医療費全体の減少に直結したといえます。
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2. 医療経営の課題、患者サービス再考の必要性

医療経営では、【診療単価】と【患者数】が経営状況にインパクトをもたらします。【診療単価】は診療報酬改定の影響を多少受けるものの、施設基準などのプロセスやアウトカム要件は努力次第でコントロールできる特性があります。これに対して【患者数】はどうでしょうか。
 
2020年から続くコロナ禍により、【患者数】が大きく落ち込んだ医療機関・診療科目も数多く点在します。「患者受診の抑制は仕方ない」と正当化すれば次のステップには進めません。受診抑制の影響を受けていない医療機関もあることに目を向けていきましょう。コロナ禍で改めて着目すべき点は【減患対策】です。患者数を維持し、減らさないための患者サービスが、医療経営を安定化させる根幹です。「なぜ、あの小児科では患者が減らないのか?」「耳鼻科でも例年並みの患者数を診ている秘訣とは?」答えは1つです。患者が安心して受診できる環境づくり、つまり患者本位のサービス提供が実践されているからです。
 
「かかりつけ医機能を持てばよい」「オンライン診療を導入すればよい」などの手法は取り組みの好事例に過ぎず、十人十色の患者ニーズを汲み取ることをスタッフが意識していく必要があります。今般、オンライン資格確認の導入により受付事務の業務は変化し、患者サービスを拡充させる絶好の機会を迎えています。入力作業の軽減により手が空いたスキマ時間の活用こそが、今後の医療経営を不可欠な患者サービス強化のポイントになるでしょう。
 
 

本編の考察

今回は「2020年度 医療費・調剤医療費の動向」をベースに、医療費の全体的な傾向とコロナ禍の特徴的な動向を整理し、2022年度診療報酬改定の方向性を確認しました。コロナ禍の特異的な状況が一時的なものか、あるいは今後も続くかは判断が難しいため、医療機関等においては、コロナの状況に左右されることなく、現状の課題に向き合いながら次期改定や制度改正に備えていくことが重要です。以上、医療経営に関与する最新動向としてお役立て頂ければ幸いです。
 
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