財政制度等審議会 春の建議「激動の世界を見据えたあるべき財政運営」
医療分野においては、医療費増大と国民皆保険の持続可能性という大きな課題に対し、多岐にわたる具体的な改革案を提示しており、今後の医療政策の方向性を示す重要な内容と言えるでしょう。
介護・障害福祉分野においては、介護保険制度と障害福祉サービスが直面する課題と、それらに対する具体的な改革の方向性を示しています。
■ 医療分野のポイント
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▼質の高い医療の効率的な提供
今後は人口減少が進む中で、地域医療を持続可能にするため、希少な医療資源を効率的に活用し、病院機能の再編・統合、地域分散する医療資源の集約化が必要です。特に、総病床数の多さや平均在院日数の長さ、MRI・CTスキャナーの過多、外来受診回数の多さなどが医療費増大の要因と指摘されています。
- 【課題】 医科診療所数の増加と医療費の伸び、地域・診療科・病院・診療所間の医師偏在、非効率な運営体制。
- 【対策】 病院機能の再編・統合、地域医療資源の集約化、新たな地域医療構想や医師偏在是正対策の推進。
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▼医療提供体制の改革
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新たな地域医療構想の策定と医師偏在の是正が推進され、「治す医療」と「治し支える医療」の役割分担が明確化されます。必要病床数の推計や医療機関機能の報告、都道府県知事の権限強化などが盛り込まれています。
- 【新たな地域医療構想】 「治す医療」と「治し支える医療」の役割分担明確化、地域完結型医療・介護提供体制の構築(2040年目標)。
- 【医師偏在の是正】 病院と診療所間の偏在是正、病院機能の集約、診療所数の適正化、診療報酬体系の見直し。
- 【精神病床の適正化】 過剰な精神病床の適正化・統廃合、地域移行の推進。
- 【人材紹介会社の規制強化】 ハローワーク等の公的紹介の充実、手数料の多寡による業者選別、必要に応じた規制強化。
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▼診療報酬改定
診療報酬は、高齢化によるサービス供給増と相まって国民負担増につながる構造であり、国民皆保険の持続性確保のため、継続的な合理化・適正化が必要です。2026年度の改定では、病院と診療所の経営状況を踏まえたメリハリある改定、全人的ケアの評価、生活習慣病の疾病管理見直し、医師偏在是正のための地域別単価導入や過剰サービスへの減算措置、リフィル処方の推進などが検討されています。
- 【基本方針】 効率的で質が高く、患者本位の医療提供体制構築との整合性、合理化・適正化。
- 【病院と診療所のメリハリある改定】 診療所の利益率の高さなどを考慮。
- 【全人的ケアの評価】 かかりつけ医機能報告制度と連動し、地域包括診療料等の見直し、外来管理加算・機能強化加算の整理・統合。
- 【疾病管理のあり方】 生活習慣病管理料の算定要件厳格化(診療ガイドラインとの整合)。
- 【医師偏在是正】 地域別単価の導入、過剰サービスへの減算措置(アウトカム指標との連動)。
- 【医薬分業】 処方箋料(院外処方)の適正水準の見直し。
- 【リフィル処方】 推進のためのKPI設定、DX活用、診療報酬上の加減算検討。
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▼調剤報酬改定
薬剤師数と調剤薬局数の増加、特に門前薬局の多さから、薬局数の集約化・適正化が喫緊の課題とされています。調剤報酬は「対物業務」から「対人業務」へのシフトをさらに進め、真に対人業務を評価する報酬項目への重点化が必要です。
- 【対人業務の重点評価】 「調剤管理料」の見直し、かかりつけ薬剤師指導料等への評価重点化。
- 【調剤基本料の適正化】 処方箋集中率が高い薬局における基本料適用範囲の縮小。
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▼費用対効果評価の活用・患者本位の治療
薬事承認された医薬品が原則すべて保険収載される現状は、薬剤費総額の増加につながっています。費用対効果評価の対象範囲拡大、価格調整対象範囲の拡大、保険償還の可否判断への活用、新規性に乏しい新薬の保険収載の見直し、地域フォーミュラリの普及促進、生活習慣病治療薬の処方ルールの設定、減薬・休薬に関する研究推進とガイドラインへの反映などが求められています。
- 【評価対象・範囲の拡大】 費用対効果評価の対象薬剤、価格調整範囲の拡大、保険償還可否判断への活用。
- 【新規性に乏しい新薬の薬価見直し】 類似薬効比較方式(II)の抜本的検討。
- 【地域フォーミュラリの普及促進】 標準的な薬物治療の推進。
- 【処方ルールの設定】 生活習慣病治療薬等における費用対効果を加味した処方ルール設定、スイッチOTC化の推進。
- 【患者本位の治療研究推進】 減薬・休薬に関する研究促進、ガイドラインへの経済性・最適化の反映。
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▼保険者機能の発揮
国民健康保険では都道府県単位での財政運営が定着し、保険料水準統一の加速化、普通調整交付金の見直しが課題です。後期高齢者医療制度についても、都道府県を財政運営の主体とすることでガバナンス強化を検討すべきとされています。また、国民健康保険組合への財政支援の見直しも必要です。
- 【国民健康保険】 保険料水準統一の加速化、普通調整交付金の見直し(医療費適正化インセンティブの強化)。
- 【後期高齢者医療制度】 都道府県への財政運営主体移行によるガバナンス強化の検討。
- 【国民健康保険組合】 所得水準の高い組合への定率補助の廃止を含めた財政支援の見直し。
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▼保険給付範囲のあり方の見直し
現役世代の保険料負担軽減のため、セルフケア・セルフメディケーションの推進(スイッチOTC化の推進、OTC類似薬の保険適用見直し、国民意識の変革)、高額薬剤への対応(保険外併用療養費制度の活用、民間保険の活用)、入院時の部屋代の自己負担化などが検討されています。
- 【セルフケア・セルフメディケーション推進】 スイッチOTC化の推進、OTC類似薬の保険適用見直し、国民意識の変革。
- 【高額薬剤・入院時の部屋代】 保険外併用療養費制度の活用、民間保険活用、入院時の光熱水費・室料の自己負担化。
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▼高齢化・人口減少下での負担のあり方
年齢ではなく能力に応じた負担とし、世代間の公平性を確保するため、金融所得や金融資産の勘案、現役並み所得の判定基準の見直しなどが議論されています。
- 【後期高齢者の負担見直し】 保険料負担、患者自己負担割合の検討。
- 【高齢者の所得・資産勘案】 金融所得の保険料賦課対象化、金融資産の負担能力判定への活用。
- 【現役並み所得の判定基準見直し】 実態に合わせた基準の見直し。
■ 介護・障害福祉分野のポイント
▼保険給付の効率的な提供
限られた介護人材の有効活用と介護費用の抑制のため、生産性向上と給付の合理化・適正化が求められます。
- 【介護人材の確保と定着】 処遇改善だけでなく、生産性向上や職場環境整備に取り組む事業者が選ばれる仕組みが必要です。厚生労働省は、処遇改善加算の取得促進や、2024年度補正予算を活用した人材確保・職場環境改善事業などを推進し、賃上げと人材定着を図ります。
- 【処遇改善加算の活用】 2024年度報酬改定で措置された介護職員等処遇改善加算は、施設系サービスで取得率が高い一方、訪問介護などの在宅系サービスでは低い傾向にあります。加算取得による賃上げ効果は確認されており、引き続き取得推進と継続的な賃上げ状況の調査・分析が必要です。経営情報データベースによる職種別の給与総額・人数の提出義務化も検討されます。
- 【介護支援専門員(ケアマネジャー)の対応】 人材確保が課題となる中、2024年度報酬改定で基本報酬が引き上げられました。今後は、業務のあり方や労務管理、研修のあり方に関する中間整理に基づき、職場環境整備や負担軽減、ケアマネジメントの公正中立性確保に取り組みます。
- 【訪問介護事業者の状況と対応】 倒産件数増加の指摘がある一方で、事業所数は増加傾向にあります。人員不足が休廃止の主な要因であり、地域の実情に応じたきめ細かい人材確保策や近隣自治体との連携が必要です。
- 【生産性の向上】 ICT機器の活用による人員配置の効率化や経営の協働化・大規模化が不可欠です。2024年度補正予算の介護テクノロジー導入・協働化等支援事業などを活用し、ICT導入と経営効率化を推進します。また、特別養護老人ホーム等における人員配置基準の柔軟化も進めます。
- 【職場環境整備】 介護テクノロジー・ICT機器の導入や社会福祉連携推進法人の活用により、業務効率化や職員の負担軽減、人材確保・育成に取り組む優良事例が見られます。
- 【インセンティブ交付金の活用】 地域における介護費抑制や地域差縮減のため、成果志向型の取組に対するインセンティブ付けを強化し、効果的な取組を促進します。
- 【要介護認定事務の改善】 認定事務のデジタル化や「見える化」により、事務の迅速化と関係者の負担軽減を図ります。認定プロセスの縮減・合理化、AI等の活用も検討されます。
- 【サービス付き高齢者向け住宅等における居宅療養管理指導の適正化】 サ高住等における画一的なケアプランや過剰なサービス、不適切な介護給付費の発生が指摘されており、ケアマネジャーによる給付管理の確実な実施や自治体による適切な運営指導が必要です。
- 【人材紹介会社の規制強化】 介護事業者が人材紹介会社に高額な手数料を支払うケースがあり、公費・保険料が職員の処遇改善以外に充てられる問題があります。2025年からの規制強化の着実な推進、手数料の実態把握、不適正な事業者の排除、公的人材紹介の充実を図ります。
- 【訪問看護の適正化・入居者紹介手数料等への対応】 サ高住・有料老人ホームにおける訪問看護費用の高額化や、入居者紹介に対する不適切な紹介料の支払いが見られます。指導監査の強化、同一建物減算の強化、紹介事業者の届け出・許認可義務付け、有料老人ホーム事業者の収支状況報告義務付けなどを検討し、適正化を図ります。
▼保険給付範囲のあり方の見直し
将来的な介護給付増加を見据え、「小さなリスク」は自助で対応するよう、軽度者(要介護1・2)に対する生活援助サービス等の地域支援事業への移行や利用者負担の見直しを具体的に検討します。
- 【軽度者に対する生活援助サービス等の地域支援事業への移行】 限りある介護人材・財源を重度者へ重点化するため、要介護1・2の生活援助サービス等の地域支援事業への移行を目指し、「受け皿」となる地域の取組を促進します。
- 【保険外サービスの活用】 介護保険サービスと保険外サービスを組み合わせることで、多様な介護需要に対応し、利用者の利便性向上や事業者の経営基盤強化を図ります。自治体のローカルルールを把握し、介護保険外サービスの柔軟な運用を認めるべきです。
- 【専門職の負担軽減】 ケアマネジャーが担ってきた法定業務以外の書類作成業務や家事支援などを保険外サービス等に位置付け、専門職の負担軽減と事業者の収入増を図ります。第10期介護保険事業(支援)計画の基本指針に民間事業者との連携に関する考え方を整理し、介護報酬体系におけるインセンティブ付けも検討します。
▼高齢化・人口減少下での負担の公平化
制度の持続可能性と現役世代の負担抑制のため、介護保険サービスの利用者負担等について、所得・資産に応じた公平な負担となるよう見直しを進めます。
- 【利用者負担(2割負担)の見直し】「改革工程」に沿って、所得だけでなく金融資産の保有状況も反映した負担割合のあり方や、2割負担の対象者の範囲拡大を早急に実現すべきです。将来的には、医療保険と同様に利用者負担を原則2割とすることや、現役世代並み所得(3割)等の判断基準の見直しも検討します。
- 【ケアマネジメントの利用者負担の導入】 制度創設以来利用者負担がなかったケアマネジメントについて、介護保険サービス利用の定着状況や他のサービスとの均衡を踏まえ、2027年度の第10期介護保険事業計画期間開始までに結論を出すとされています。質の高いケアマネジメントが選ばれる仕組みとする観点から検討が必要です。
- 【多床室の室料負担の見直し】 介護老人保健施設・介護医療院の多床室についても、介護老人福祉施設と同様に、室料相当額を基本サービス費等から除外する見直しをさらに進め、居宅と施設の公平性を確保すべきです。
■ 障害福祉分野のポイント
障害福祉サービス等の当初予算額が直近10年間で倍増し、社会保障関係費全体の伸び率を大きく上回っていることから、サービスの質を確保しつつ総費用額を抑制する取り組みが不可欠です。不正事案の増加も背景に、悪質な事業者の参入防止やサービスの質向上を目指し、以下の取り組みを進めます。
▼事業者指定のあり方の見直し
- 【障害福祉計画におけるサービス見込量の精緻化】 多くの自治体で過去の伸びを単純に投影してサービス見込量が算定されている現状を改善するため、障害福祉サービスデータベースを活用した精緻な計算方法を次期障害福祉計画の基本指針に示し、自治体による総量規制や意見申出制度の活用を推進します。
- 【事業者指定時の取り組み】 形式的な審査にとどまらず、申請者との事前面談や庁内会議での協議、第三者機関からの意見聴取など、複数のプロセスを求める自治体の取り組みを参考に、指定のあり方を見直すべきです。また、意見申出制度の実効性向上にも継続的に取り組みます。
▼事業者への実地指導等の強化
- 【運営指導・監査の強化】 事業所数の急増により運営指導の頻度が低下している状況を改善するため、特に事業所数が急増している就労継続支援A型・B型、共同生活援助(グループホーム)、児童発達支援、放課後等デイサービスについては、3年に1回以上の運営指導を求め、不正行為への抑止力を強化します。
▼不正行為に対する対処等
- 【加算金制度のあり方】 不正行為により報酬を得た場合の加算金について、税制上の対応(重加算税や第二次納税義務)も参考に、牽制・制裁強化の観点から見直すべきです。
- 【利用者紹介に対する利益供与等】 有料で利用者の紹介を行う事業者や、不正な紹介料の支払いが指摘されており、事業者の紹介・選択の中立性が損なわれる問題があります。実態を把握し、必要に応じて行政処分を含め厳しく対応すべきです。
これらの内容を踏まえた骨太方針2025は、6月中に公表されます。
骨太方針は政府の経済財政運営の全体像を示すものであり、医療分野においては、診療報酬改定や多岐にわたる医療制度改革の方向性を決定づける最も重要な政策文書として機能しますので、注目していくことが重要です。